私が使っている無料ブログサイト『ココログ』では、2週間くらい前から広告が上がっているのですが、他の所では上がってないかもなのでちと紹介。
このBlog Action Dayというのは、決められた日(今年は10月15日)に、決められた話題(今年は『Poverty=貧困』)で語る、というのが目的なんだそうです。
世界中のブロガーは共通の話題でどのようなとらえ方をするのか。今世界で問題となっている様々な事件・現象が、ブロガーの幾千もの視点で語られることで、解決の糸口が見つかるかも・・・なんてことが狙いの1つなのでしょうね。
というわけで私も『貧困』という言葉について私なりの解釈で私のペースで。
マンガ、アニメ、ゲームを見ていると少年少女を主人公格に捉えた物語が多く、またニュースを見ていると少年犯罪の話をよく聞くようになった、と思います。そこで、、、
「あー、私も年食ったなー。もうこの人達よりも年上だもんなぁ・・・」
何て思ったりするわけですねww判りますww
いや失礼。つまり、ちょっと上の視線で、彼ら(フィクションの主人公だったり少年犯罪の犯人だったり)を見るようになった、というかできるようになったんですよね。
少年犯罪に的を絞って話すと、
「私はこんなバカ(事件)をせずに成人になれた。どうして彼らはもっとまともに生きられないんだろう。どうして彼らは簡単に恐喝や泥棒、殺人なんて犯すのだろう。人の迷惑というものをどうして判らないんだろう」
って思うんですよね。先ほど話した、上からの視線を当てまくり!
この記事を書くちょっと前まで、それは彼らの心が裕福ではない=貧困であるから、このような事件が起こる、と思っていました。
もちろんそれもあるのでしょうが、本当に貧困なのは、上から物を言っている自分ではないかと・・・ついさっき思いました←ぉぃ!
自分の心が貧しいから、誰よりも優等感を得たくて誰かを見下げずにはいられない。
そのために、何か人と違うことをしなければならない。自分という存在を認めて貰うためには自分にしかできない特別なことをしなければならない。
それの選択肢のひとつが『少年犯罪』という行動だと思うのですが、『少年犯罪』のような目に見える実働的な行動とは別に、それを起こす勇気がなくネット掲示板に逃げたりし、影で誰よりも偉い自分を誇示する仮想的な行動も選択肢にあると、私は思います。
・・・わけがわからなくなりましたorzもう一度言ってみますね。
誰かを蔑みたくてしょうがなくそれを証明するために人を怪我させたり、もしくは、人に危害を加えることを悪いことと理解しており、「悪いことをしたら自分偉くなれないじゃん」を理由に影で人を妬む恨む憎む哀れむ言葉を吐く。
こんな感じの『貧困の心』が、この世の中、誰の心にもあるのではないでしょうか。
日本は経済大国として技術の進歩が著しく進んでいる国であると同時に、心の潤いの未熟な途上国でもあるの・・・ではないでしょうか・・・。
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